目次に戻る だいず

生い立ち

2002/4/12 2:17
大阪市某所の病院
分娩室は青白い蛍光灯に照らされていた。
夜勤の看護師が2人、その女性の補助をする。
外は暗く、静かに、春の暖かい雨を降らせていた。

少しして、室内に緊張が走る
「お母さん、もう少し!」
「出てきてますよ!」
そこに、ちいさな命が生まれる。新田諒介である。

身長:48.6cm
体重:2890g
性別:男児
備考:異常なし

喜びに浸る母の横で、カルテに淡々と記述する看護師がいた。
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2004年夏
僕は2歳になった。
父が帰宅する。
荒々しくドアを開けた父はそのまま自分の書斎へ入った。
父はずっと勤めていた職場から解雇が知らされた。
4年後のリーマンショックの予兆として、すでに製造業は空洞化が進んでいた。
再就職はうまくいかなかった。
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日雇い、派遣、契約。
収入は不安定。生活はどん底だった。
母はパートを始めた。
この頃から、家には時々怒声が響くようになった。
僕は逃げるようにトイレに篭った。
「もう家は安全ではなくなった」
僕は体で感じた。
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2007年春
僕は幼稚園に入園した。
周りよりも淡々と、世界を悲観しているような目で同年代の子らを見つめていた。
友達はいなかった。いじめられることもなかった。
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2009年
いつ頃だったかは覚えていない。
父は毎日酒を飲むようになった。
もうすでに両親は離婚し、僕は父に引き取られていた。
父はいつも酔っ払っては手を出して怒声をあげる。
「こんなはずじゃなかった」と。
僕は、丸くなって「ごめんなさい」を繰り返した。
ただ、ひたすらに「ごめんなさい」を繰り返した。
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2014年
僕は小学校の中でも高学年と言われる年齢になった。
社会の授業が好きだった。
歴史。政治。そして、戦争。
第一次世界大戦について学ぶ時、そんなことしたら戦争するに決まっているだろうと、教科書を見て思った。
学べば学ぶほど、のめり込んで行った。
それはある種の優越感を生み出し、家からの唯一の精神的な逃げ場だった。
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2016年7月
父が完全に無職になった。
就職、解雇、就職、解雇のループから抜け出すことはなかった。
生活保護を申請する時、役所の窓口で、父は静かに怒りに震えた。
帰宅した父は言った。
「お前のせいだ」
「国の政治が悪い」
「俺は悪くない」
父の言葉はだんだんと支離滅裂になっていった。
涼介は感じた。
「弱い生き物は壊れていく」
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2017年春
僕は中学校に入学。
身長は低く、細かった。
運動はできなかったが、頭だけは冴えていた。
社会で政治をより詳しく学んだ。
僕は考えた。
「国は国民を守るためにある。
が、国民を守ることができない国は国とは呼べない。」
と。
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2018年秋
クラスでいじめが起きた。
発端は「教室で大きな音を出しておならをしてしまった」ことだった。
その人が近寄ると
「うわぁ!おなら虫!」
「プゥプゥ!ブーーッ!!」
と叫んで逃げまくる。
僕は思った。なんて幼稚ないじめなのだろうと。
誰が見てもわかる。中学なんてこんなものかと。
そこに信念なんて高尚なものはなかった。
ほとんどが周りの人に行動を合わせるだけだった。
僕は先生に報告した。完全な正義から来た行動だった。
担任は見て見ぬフリをした。
僕は怒りに震えた。教員試験で偉そうにぺちゃくちゃと喋っていたであろう理念はなんなのだろうと。なぜ目の前の人を救おうとしないのだろうと。
そのうちに学年を跨いだいじめに発展した。
その生徒は不登校になって、ようやく校長先生が動いた。
加害者の主犯格と見られる生徒を二人、謹慎処分にした。
僕は学んだ。
人は皆正しいことをする訳ではない、と。
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2020年春
僕は進学校として名高い大阪の某高校に進学した。
そこでも友達は出来なかった。
他の高校生とは話題が合わなかった。
自分は政治の分析にのめり込んだ。
新聞やネットニュースを読み漁り、片っ端から政治動向を逐一チェックした。
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2021年。
確か、秋頃だった。
僕に居場所ができた。そこにはあらゆる分野のエキスパート、元エリート、そして考察家が集まっていた。ネット掲示板と呼ばれるものだった。
そこでは政治論を語り合った。
僕には才能があったようで、色々な人を共感させ、仲間にできた。
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2021年大晦日
僕はノートにこう書いた。
「夢が明確に見えた。強く、堅く、僕のやりたいことが。
今までに幾度も考えてきたが、うまく言葉で言えなかった。
言ってはいけないように本能が抑えていたのかもしれない。
しかし、いま、ここで明確に夢が見えた。
僕は、この国を改良する。」
きっと、みんなが聞いたら笑うだろう。
何を言っているんだこいつは、と。
どうだっていいさ。この手で僕が変えてやる。
どうせみんなやらない。やろうともしないんだ。だから、僕がやらなきゃならない。
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