表示設定

文字サイズ
行間
フォント
背景
文字方向

希望

第1話 / 全1話 · 843字 · 約2分
「俺、東京の高校行くんだ」
そんなことを告げられたのはまだ冬の匂いが残る2月の夕方だった。
自販機の前で、まるでくだらない会話の延長のように、確かにそう言った。
「……は?」
間抜けな声が出た、自分でもわかるくらい。
理由は色々あるけど何より大きいのはコイツが東京行くなんてありえねえってとこか。
「瀬戸が東京?冗談よせよ」
瀬戸ってのはコイツの名前、瀬戸 円(せと まどか)。
円は自販機で買った温かいココアで暖を取りながら、赤い夕焼けを眺めている。
大事な話をしているような様子ではない。
昔からコイツはそんな奴だった。
自分のことはどんなことでも深刻そうに話さないくせに、相手のことになるとちょっとしたことで心配するようなやつ。
「東京行くのはほんと、まぁ、国内だしすぐ会えるよ」
呑気にそんなこと言う。
いや、会えねえよ、ここ長崎だぞ。
グッと堪らえようとしてた言葉が溢れる。
「ほんとにいいのかよ、東京行くって、後悔とかないわけ?納得してるわけ?お前がどんな気持ちで東京行くか知らねえけど、どうせそんないいとこじゃねえよ、俺らとの思い出捨ててまで行くような場所じゃねえよ、お前は長崎に残るべきだよ」
つい言ってしまった、一番言いたくなかったこと、一番聞かせたくなかったこと。
どうすんだよ、いつも通りの少しヘラヘラした顔で『後悔ないもないし納得してる』って言われたら。
もう、何も言えねえじゃねえか。
円は手に持ったココアを困ったような顔で少し眺めてから顔を上げてこっちを見る。
「あるよ、後悔」
多分、俺はその時バカみたいな希望をもったのかもしれない。
『もっと長崎に未練を感じさせれば、コイツは、円は東京に行かねえかもしれない』と。
「でも、長崎には残れない、ごめん」
そんな言葉を言い放たれたけど、信じていた。
明日から毎日一緒に遊ぼう、それで未練を残させる。
そう、強く心に誓った。
まだ夕焼けは赤く燃えていた。
目次

この話への感想

まだ感想はありません。