雨粒と星空
1,303字 · 約3分
冷たい雨が、古代遺跡の残骸である石造りの神殿を濡らしていた。
元いた場所を追われ、行くあてもなく雨宿りをしていた小さな白い猫は、すり減った石畳の隅で体を硬く丸めていた。濡れた毛並みは重く冷たく、お腹も空き果てて、もう小さな鳴き声をあげる力さえ残っていない。
ただ、降り続く雨の音を聞きながら、静かに目を閉じていた。
そのとき、規則正しい足音が雨音を割って近づいてきた。
足音は猫のすぐ前で止まり、大きなフードを被った影が雨を遮るように立った。生成り色と深い紺色のローブを纏い、金色の装飾を揺らしたその人物——がりれおは、大事そうに抱えていた厚いノートを片手に持ち替え、ゆっくりと猫の前に屈み込んだ。
紺色の髪の間から覗く落ち着いた青い瞳が、静かに猫を見つめている。
「観測対象、発見。状態は良好とは言えませんね。雨で体が冷え切っています」
がりれおは嫌がる素振りも見せず、濡れるのも気にしないまま、自分の着ているローブの裾で猫を柔らかく包み込むように抱き上げた。
そこは驚くほど暖かく、かすかに炒った珈琲豆の香りがした。
「このあたりは夜になるとさらに冷え込みます。わたしの観測所へ行きましょう。温かい食事と寝床を用意します」
◇ ◇ ◇
連れて来られたのは、重厚な石の柱と、見たこともないほど巨大な古代石造りの望遠鏡が据え付けられた天文台だった。高く聳える天井の開口部からは、雨が上がったばかりの澄み渡る夜空と、散りばめられた星々が覗いている。
丁寧に毛並みを拭われ、温かいミルクと柔らかなパンをお腹いっぱい食べた猫は、体力を取り戻したように「にゃあ」と小さく声をあげた。
がりれおはそれを見てほっと目元を緩めると、木製のデスクに向かい、新しい羊皮紙のノートを開いてペンを滑らせ始めた。
【観測記録】
古代天文台の麓にて、白い毛並みの個体を保護。
健康状態の回復を確認。
これより、当観測所の「助手」として任命する。
カリカリとペンを動かす音を、猫は興味深そうに首を傾げて眺めていた。やがて、デスクの脚に体を擦り付け、がりれおの足元を円を描くようにくるりと歩き回る。
がりれおはペンを止め、足元の猫を見下ろした。
「助手を呼ぶのに、いつまでも『白い個体』では不便ですね。あなたに名前をつけましょう」
がりれおは視線を上げ、天文台の天窓から見える美しい夜空を仰ぎ見た。そこには、春の夜空に凛と輝くしし座——『レオ』の星々が並んでいた。
「星の巡りと、あなたの白く誇り高い毛並みにちなんで……今日からあなたの名前は『レオ』です」
その名前を聞いた猫は、まるで自分の名前だと理解したかのように、嬉しそうに目を細めて「にゃあ」と鳴いた。
がりれおは優しく微笑み、レオの丸い頭をそっと撫でた。
「よろしく頼みますね、レオ。これからの観測は、二人で進めましょう」
夜空に輝く数有る星々に見守られながら、小さく温かい新しい助手は、がりれおの膝の上で安らかに喉を鳴らし始めた。