音のないステージVY_
短編完結
聞こえなくても、音楽はできる。
音のないステージ
全0話
0字
1分未満
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[🎧1]
軽音部の部室。
スピーカーの低音が、床を震わせていた。
真白は、その振動に手を当てて目を閉じる。
“音”は聞こえない。
でも、リズムは確かに“ここ”にある。
――ドン、ドン、ドン。
鼓動みたいなビートが、足の裏から伝わってくる。
心臓と重なった瞬間、彼女は自然と指を動かした。
キーボードの白鍵を、正確に。
まるで空気の中の「見えない音符」を追うみたいに。
「……すげぇ」
思わず律がつぶやいた声。
けど、真白には届かない。
彼女はただ、淡い笑顔で、
スピーカーの上に置いた手をもう一度そっと叩いた。
“聞こえない”のに、“感じてる”。
律はその瞬間、
――この子と音を合わせてみたい。
そう、強く思った。
ーーーーーーーーー
[🎧2]
文化祭まで、あと一週間。
部室の空気はピリピリしていた。
「テンポ、ずれてる!」
ドラムの子が声を上げる。
その声に真白は気づかない。
でも、みんなの表情で“何かがズレてる”のは分かる。
スピーカーの振動が、いつもより荒い。
心拍みたいに一定じゃなくて、どこか落ち着かない。
指が鍵盤の上で止まる。
「……ごめん」
真白がスマホに文字を打つ。
画面に出た文字を見た律は、思わず言葉を詰まらせた。
「いや、真白のせいじゃ――」
でも、ほかの部員が小さくつぶやく。
「やっぱ無理なんじゃないの……?」
その一言が、空気を凍らせた。
チャイムが鳴った。最終下校の時間だ。
真白は笑顔のまま、小さく会釈して部室を出た。
足音も、扉の音も、彼女には届かない。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
空き教室。
席に座って、真白はキーボードケースに手を置く。
まだほんのり温かい。
けど、胸の奥がスッと冷えていく。
そのとき、律が机を軽く叩いた。
「なあ、もう一回やろ」
真白が顔を上げると、律は席に座った。
「ほら、感じてみて」
彼はメトロノームを鳴らした。
机が小さく震える。
真白も隣に座って、手のひらを床に当てる。
“ドン…ドン…ドン…”
二人の手が同じリズムを刻み始める。
やがて真白の指が、キーボードをそっと弾くように動いた。
律は微笑んだ。
「これが、お前の“音”か。」
夕焼けの光がメトロノームの針を染める。
その一定の揺れが、ふたりの呼吸を合わせていく。
[🎸3]
文化祭当日。
体育館のステージ裏は、ざわめきと足音でいっぱいだった。
でも、真白にはそれが見えるだけで、聞こえない。
彼女は胸に手を当てて、自分の鼓動を感じていた。
律が近づいてくる。
「大丈夫?」と口が動く。
真白はうなずいて、
「行こう」
ライトが当たる瞬間、
ステージの床が“ドン”と鳴った。
音じゃない。振動だ。
けど、その一撃で真白の世界に“音楽”が流れ込んだ。
ドラムのリズム、ベースのうねり、
律のギターが弦を鳴らすたびに、
床が小刻みに震える。
それは真白にとって、
“聞こえない音”じゃなく“感じる音”だった。
彼女の指が自然と動く。
白鍵と黒鍵が、光を反射する。
観客の歓声は届かないけど、
ステージの空気の熱が、ちゃんと伝わる。
そして――最後のサビ。
真白が一瞬だけ目を上げると、
律がこっちを見て、にかっと笑った。
「いいテンポ!」
真白も笑って、
鍵盤をもう一度、強く叩いた。
その瞬間、
彼女の世界にも、
確かに“音”があった。
ライブが終わっても、
真白の胸の奥ではまだリズムが鳴っていた。
控え室で、
みんながライブ映像を見ながら笑っている。
スマホの画面には、
光の中で演奏する自分たちの姿。
音はない。
でも、真白にはわかる。
――あのとき、ちゃんと音楽があった。
ステージの震えも、心臓の鼓動も、
それ全部が“音”だった。
律が隣に座って、
スマホの画面に文字を書く。
『また、一緒にやろう』
真白は少し笑って、
「うん。今度は、もっと感じよう。」
と返した。
二人の間に、
言葉よりもあたたかい“リズム”が流れた。
夕陽が沈む体育館の外、
風がカーテンをふわりと揺らす。
その静かな揺れも、
音楽みたいに聞こえた。
――終
🎬あとがき
この物語は、
「聞こえない」という現実の中にも、
“音楽”は確かに存在する――
そのことを描きたくて書きました。
音は耳で受け取るものだけど、
感じる場所は心や身体の奥にもある。
それを知ったとき、
音楽の意味が少し広がった気がしました。
真白と律が共有したのは、
音ではなく、リズム。
それでも二人は、同じ世界に立っていた。
読んでくださって、ありがとうございました。