俺とは
あきら

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なんちゃって人生観

第2話 / 全2話 · 1,694字 · 約4分
俺の人生観

今を生きるって何だろう。ネットで、しょうもないテキストの羅列を読んでいるこの時間が、今。
今を生きる?そう考えた時に、生きるということについて考えさせられるかと思う。生きる、というのはただ機械的、本能的に生命活動を続けるということではない気がする。少し無理があるかもしれないが、ここでは「記憶に残る」という捉え方をしたい。
自分が言いたいのは、「今この瞬間を記憶に残す」ということだ。それが自分の生きた証しとなり、死ぬ間際に「俺、何してたんだろう」「思い出せないようなちっぽけな人生だったのか」という思いをしなくて済むようにする第一歩だと思う。小学校の先生や親から、何度言われただろう。「後悔しない生き方をしなさいよ」。
当時は考えていなかった。ただただ遊んでいたし、その時その時をだらだらと過ごしていたような気もする。
遊ぶのは悪いことではないし、勉強しろと言われてする勉強は価値がない。
しかし、考えてみてほしい。死ぬ間際、一分一秒無駄にせずに楽しめていたかどうか考える自分。
しかし、考えての考えても若かりし頃の日常は思い出せず、記憶の中からすっぽりと抜き取られたようだった時。自分は後悔しないだろうか。死に際は走馬灯を見るという話だが、もし見るとして、その走馬灯が全く中身のない内容だったなら?
ただただ起きたくもない時間に起きて、潰されそうな電車で会社に向かい、やりたくもない仕事をただ、金のためだ生活のためだと自分を励ました日々。そんな走馬灯を誰が見たいだろうか。
自分が見たい走馬灯は、好きなことを仕事にし、客にも自信を持ってお勧めできるコンテンツを提供し、仲間とは飲み会で語らった日々である。
何時如何なる時も生きているとは限らない。そんなことは誰だって言える。
後悔しない生き方をしなさいよ。そんなことは誰だって言える。
今自分が言いたいのは、「自分のことは自分で」ということだ。自分たちは親の機嫌のコントローラーじゃないし、親のラジコンでもない。
自分語りになるが、俺はまず、親の元を離れて生活することを第一とした。
中学で寮に入った。それは濃厚な毎日だった。友達はフルチンで廊下を走り回ったし、俺は俺で秘密基地を作った。
結果怒られようとも、死ぬ時になって楽しい走馬灯が見れればそれで満足だ。
だから俺は、爺になって死んでも、「あの時はガキだった」と死に際でも笑い飛ばせる人生を送りたい。


生きる意味・価値

「俺は生きる意味がない」
誰もが思ったことのあることかと思う。思ったことのない奴は結構なご身分で、さぞかし豊かな生活だったんだろう。それで良いじゃないか。
思った事のある奴に言いたい。甘ったれるな、と。(待ってちょっとかっこいいじゃんね。)
自分としての、ただの一個人の意見として書かせてもらう。
ここから名言が出るので、メモの準備を推奨する。
生きる意味とは、生まれた時に付属するものではない。自らの人生で成し遂げたこと、社会に貢献したこと、誰かの心を救ったこと。それがまるまる生きた意味と成り、価値と成る。

この言葉を思いついた時、俺は「ついに俺にもアッラーの啓示が」と思った。多分実際そうだ。崇拝してくれてもいい。
これはどういう意味かと聞かれても答えようがない。そのまんまだからだ。
だからこそ俺は、誰かの心の片隅にでも残るようなコンテンツを創り出したい。
俺が死んだあとも、誰かの心で「アレ、良かったよね」というふうに、思い出してくれる人が居たならば、俺はまだこの世界に居場所があるのだと思う。
誰にも知られず、誰の為にもならず、まして自分もそんなに楽しくない人生は誰も欲してない。殆どがこれのどれか一つでも当てはまる人生を生きたいと思うことだろう。
しかし、俺は違う。全て当てはまる人生を生きたい。
何度でも言うが、自分の人生は自分のものだ。誰かのためでもない。ただ自分のために自分のやりたいことを、自分のやりたいだけやって、結果としてそこに意味や価値が付いてくる。
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この話への感想

ぬんかァァァ 2026/08/22 00:32
ドパガキなので最初の2文で読むの諦めました
ぬんかァァァ 2026/08/22 00:32
ドパガキなので最初の2文で読むの諦めました
市五郎 (てらゆう) 2026/08/15 14:01
賢い
チャッピーじゃないならね…
厨二病万歳