#3 " それ "
それからというもの、
視線はもう「背中」に収まらなくになってしまった。
歩いているだけで、
前から、横から、上から
全てから見られている。
人の頭上に漂っとった“それ”が、
少しずつ、自分に寄ってきている。
距離が近い。
近すぎる。
まるで、
観察対象から、同類を見極めるみたいに。
「.....。 寄ンなや ... 。」
そう問いても、神は答えない。
言葉を持たない存在に拒絶なんか通じるはずもない。
ある路地で、足を止めた。
行き止まり。
なのに、妙に広く感じる。
視線が、重なっている。
頭の上だけではない。
胸の奥、
腹の底、
目の裏側。
中を覗かれている。
記憶が、勝手に引きずり出される。
血の匂い。
折れた骨の感触。
殺した顔。
見捨てた背中。
「..... 、そらそうやろな .... 。」
笑ったつもりだった。
だが、口角は震えたまま上がらない。
不器用な笑顔のようだ。
神は、善も悪も知らない。
だから
全てを見る。
そして気づいた。
神は“人の上”にいるのではない。
人の“外”にいるのでもない。
――人の中に、なろうとしている。
視線が一つになる。
数だったはずの意識が、
形を持ち始める。
空気が、立ち上がる。
そこに立っている“何か”は、
顔を持たない。
身体もない。
はずなのに、
確かに自分を見下ろした。
その距離、
――息がかかるほど。
「..... 、ああ .... 。なるほどな 。」
そこで、ようやく分かった。
神は、器を探している。
見える人間。
理解してしまった人間。
拒まない人間。
まさに自分だ。
頭の奥で、
何かが、静かに割れた。
視線が流れ込んでくる。
数え切れない目の当たりにした死。
忘れ去られた意識。
街の底に沈んだ全て。
叫ぼうとして、
声が出ない。
声になるはずの呼吸が喉を通る。
神は言葉を持たない。
なのに、
共有はできるようだ。
見続ける苦しみ。
忘れられる恐怖。
存在しているのに、誰にも触れられない孤独。
それが、
一気に流れ込んできた。
「... ぁ"あ" .... 。重た .... 。」
膝が勝手に折れた。
その時だった。
遠くで、
彼の声がした。
聞こえるはずのない距離。
聞こえないはずなのにはっきりと。
神がざわめいた。
拒絶だ。
桐生一馬という存在を、
神は受け入れられないようだ。
だからか代わりに、
自分を深く引きずり込む。
最後に見えたのは、
ネオンに照らされた神室町。
いつもと同じ街。
何一つ変わらないはず景色。
――ただ一つ。
見ている側に、
自分が立っていた。
end__
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