目次に戻る 天使総裁特別補佐

第六話 招かれざる主

「逃げろ! 下だ!」
高城の叫び声を合図に、8人はパニック状態で階段を駆け下りた。背後にある真壁の部屋からは、佐藤を飲み込んだ扉が激しく閉まる音が響き、二度と開かない絶望を突きつけていた。
一段でも早く、あの明るいリビングへ。
そこなら、まだ安全なはずだ。
先頭を切ってリビングの扉を蹴破るようにして飛び込んだ高城が、突如として氷ついたように足を止めた。後ろからなだれ込んだ藤崎や佐伯も、彼の背中にぶつかりながら、その光景を見て息を呑んだ。
「……う、そだろ……」
リビングは、逃げ出した時と同じように明るい。
暖炉の火も、さっきと同じように赤く揺れている。
だが、部屋の中央。
さっきまで誰もいなかったはずの大きなソファに、一人の男子学生が深く腰掛けていた。
彼は、私たちが持っていたあの集合写真と同じ、古びた大学のダッフルコートを着ている。膝の上には、先ほど二階に引きずり込まれたはずの佐藤の学生証が、弄ばれるように置かれていた。
「おかえり。……早かったね」
男がゆっくりと顔を上げた。
その顔は、驚くほど整っていた。だが、その瞳には光がなく、深い淵のような暗闇が広がっている。胸元には、あの日付の消えた名札が、鈍く光を反射していた。
『 真壁 零 』
「お前……真壁か? なんでここに……二階にいたはずじゃ……」
高城の声が震える。
真壁は答えず、ただ静かに立ち上がった。
彼が動くたびに、リビングの影が生き物のように揺らめき、彼の足元へと吸い込まれていく。
「佐藤くんの名前、おいしかったよ。……君たちは、誰から差し出してくれるのかな?」
真壁がリビングの扉のほうへ、一歩、歩みを進めた。
逃げ戻ってきたはずの場所。そこはもう安息の地ではなく、真壁零の「胃袋」の中だった。
« 前の話 目次

この話への感想

感想を書くには ログイン してください。

まだ感想はありません。