第五話 十の足音
「一人でいるのは危険だ。全員で二階を調べよう」
高城の提案に、誰も異を唱えることはできなかった。9人はリビングの明るい光を背に、寄り添うようにして階段を上った。一段上るごとに、自分たちの足音が重なり合い、不気味な不協和音となって廊下に響く。
二階の廊下もまた、リビングと同じく照明が煌々と灯っていた。しかし、そこには一階とは異なる、古びた油のような、不快な生臭い風が吹いていた。
「……あそこだ」
佐藤が、廊下の突き当たりにある「開かずの扉」を指差した。そのドアの隙間から、半透明の粘着質な液体が、じわりと廊下へ漏れ出している。
全員が固唾を呑んで見守る中、先頭に立った佐藤が、震える手でドアノブに手をかけた。その瞬間、扉が内側から爆発したかのような勢いで開き、部屋の闇から無数の「学生証」が鱗のように張り付いた、巨大な肉の腕が飛び出してきた。
「うわあああッ!?」
触手のような腕は、驚異的な速さで佐藤の胸ぐらを掴み、一気に暗闇の奥へと引きずり込んだ。
「佐藤!」「離すな!」
高城と佐伯が咄嗟に佐藤の両足を掴み、全力で踏ん張った。だが、部屋の奥から響いたのは、骨が軋む嫌な音と、「……ミツ……ケタ……」という、地を這うような唸り声だった。
佐藤の体が、ズリズリと、力任せに床を削りながら奥へ運ばれる。
「ぐあ、ああああッ! 離せ! 離せえええ!」
佐藤は必死にもがいたが、触手は彼の喉元まで這い上がり、その声を塞ごうとした。死を覚悟した佐藤の目が、必死に踏ん張る仲間たちを捉える。
「……逃げろ! 構わず行け! 早く下に逃げろおおおッ!」
それが、彼の最期の言葉だった。
凄まじい力で佐藤の体が奥へと消え、その衝撃で扉がバタンと閉まった。内側からガチャン、と重い施錠の音が響く。
「逃げるぞ! 下だ!」
パニックに陥った8人は、佐藤の絶叫を背に階段を駆け下り、リビングへ逃げ戻った。