目次に戻る 天使総裁特別補佐

第四話 真壁という空白

消えた「二人目の佐伯誠」が残した、持ち主のないジャケット。
その虚無を照らし出す明るいリビングで、高城は古時計の裏、隠し穴の中にあった十枚目の名札を再び凝視した。
そこに刻まれた、聞き覚えのない名前。
『 真壁 零(まかべ れい) 』
「……おい、宇津木なんて変な名前じゃない。この『真壁』って奴は誰なんだ?」
佐藤が苛立ちを隠せずに吐き捨てた。
「俺たちの名前は全員分ある。なのに、なぜ11枚目の名札がここにあるんだ?」
その時、隅で震えていた早乙女萌が、一通の古い封筒を床から拾い上げた。
消えた「佐伯」のジャケットのポケットから、彼が消える瞬間にこぼれ落ちたものだ。
「……これ、見て。真壁零宛ての……手紙」
彼女が震える手で中身を取り出すと、そこには一枚の集合写真が入っていた。
今の自分たちと同じ、この山荘のリビングで撮られた写真だ。
しかし、写っているのは今の9人ではない。「真壁 零」という名札を胸に付けた、たった一人の少年を囲んで、今の自分たち9人が、今よりも少し幼い顔で笑っている。
「嘘だろ……。俺たち、こいつを知ってるのか?」
一ノ瀬が写真を奪い取るようにして覗き込む。
「でも、思い出せない。真壁なんて苗字の知り合い、一人も……」
「……いや、待て」
生き残った方の佐伯誠が、写真の端に写り込んだ「あるもの」を指差した。
それは、今の自分たちが座っているソファの背後にある、大きな姿見だった。
写真の中の鏡。そこには、笑っている自分たちの姿が映っている。
だが、中心にいるはずの「真壁 零」の姿だけが、鏡の中には映っていない。
「……代わりが見つかって、よかった」
佐伯が、消えた男の最期の言葉を反芻した。
「……あいつ、消えた方の佐伯は……真壁の『代わり』にされたんじゃないのか? そして、今度は俺たちの誰かが……」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、二階から「ガタッ」と、椅子を引くような明確な生活音が響いた。
明るい照明は一点の曇りもなく部屋を照らしている。
だが、その光の中にいる自分たちの影が、少しずつ、勝手に形を変え始めていることに、まだ誰も気づいていなかった。
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