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禍象#008『膨れる面』

第11話 / 全12話 · 2,331字 · 約5分

■ アーカイブ記録:禍象かしょう#008『膨れる面』
(※本ファイルは、平安後期の下級貴族による日記の記述を基に編纂された記録である。原本は京都の某寺院の蔵書庫に保管されていたものを、江戸初期に禍象記録方が発見し、遡及的にアーカイブ化した)


【起源分類】 実体種
【性質分類】 捕食型
【発見地】 日本国 京周辺 写面堂しゃめんどう(現存せず)
【発生時期】 平安後期(1100年代)




【概要】
本記録は、着用者の顔面の軟組織(筋肉・脂肪・皮膚)を吸収し、自身の形状を変化させる異常な舞楽面に関する報告である。
通称「膨れる面」。木製の舞楽面に類似した外観を持つが、材質は木材とも骨とも異なる未知の素材で構成されている。着用者が本面を装着すると、面の内側から顔面の軟組織が急速に吸引・吸収され、面自体が肥厚・膨張して生きた人間の皮膚に酷似した質感に変化する。面を外した時点で、着用者の顔面には頭蓋骨の輪郭に薄い皮膚が張りついた状態のみが残る。
本面は自律的な移動能力を持たないが、近接した人間に「装着したい」という衝動を引き起こす特性を持つ。この作用により、本面は所有者の手を次々と渡り歩く。




【発見の経緯】
本禍象は、記録方の成立以前の事象である。
江戸初期、記録方の隠密が京都の某寺院で別件の調査を行っていた際、蔵書庫から平安後期の下級貴族(名は伏す)の日記を発見した。日記には、当時の京の郊外に存在した小堂「写面堂」にまつわる異常な面の記録が含まれていた。
以下は日記からの抜粋を現代語訳したものである。


先月、右京うきょうの舞楽師の許にて奇妙な面を見た。舞楽に使う面だというが、他のどの面とも違う。木のはずなのに、指で触れた瞬間に肌のような温もりを感じた。
面の表情は穏やかだが、頬が痩けていて、まるで長い間何も食べていない人間のようであった。

舞楽師がこの面を被って舞いたいと言い出した。私は止めた方がよいと思ったが、理由をうまく言葉にできなかった。舞楽師は面を顔にあてた。
被った瞬間、舞楽師の体が硬直した。面の縁から赤黒い液体が滲み出し、舞楽師の首筋を伝って流れ落ちた。私が駆け寄って面を剥がした。
面は被る前よりも明らかに厚みを増していた。頬のあたりが丸くなり、唇に当たる部分が赤味を帯びている。面を裏返すと内側が湿っており、肉の脂に似た匂いがした。
舞楽師の顔を見て、私は声を出せなかった。目も鼻も口もあるのだが、その下に肉がない。皮が骨に直接貼りついているような顔になっていた。舞楽師は生きているが、口を動かすことも瞼を閉じることもできない。


日記にはこの後、舞楽師が数日後に衰弱死したこと、面が舞楽師の弟子の手に渡り、弟子も同様の状態に陥ったことが記されている。
日記の筆者は、面が人を渡り歩くたびに「顔が肥えていく」と記録している。五人目の被害者が出た時点で面の表面は「生きている女の顔そのもの」のように見えたと記述されている。




【面の特性】
日記の記述および記録方の分析から、本面の特性は以下のように整理されている。

1. 接触による衝動の誘発
面に直接触れた者は、面を装着したいという衝動を経験する。日記の筆者は面を手に取った際の感覚を「被らねばならぬという気持ちが湧いた。理由はないが、そうしなければならないと感じた」と記述している。この衝動は接触を断つことで消失するが、面を視認し続けている間は再接触への欲求が残る。

2. 装着中の吸収過程
面を装着すると、内側の表面から顔面の軟組織が吸引される。吸収にかかる時間は被害者によって異なるが、日記の記述からは数分から数十分と推測される。装着中の被害者は声を発することができず、自力で面を外すことも不可能となる。外部から物理的に引き剥がすことは可能であるが、その時点ですでに軟組織の大部分が失われている。

3. 面の変化
吸収が進むにつれ、面の表面は木質の外観から肌色の柔軟な質感に変化する。複数の被害者から吸収を重ねるごとに面の「顔」はより精巧になり、特定の個人の顔貌ではなく、複数の人間の特徴が混合された容貌を呈するようになる。




【最終処置】
日記の筆者は五人目の被害者が出た後、面を京の郊外の小堂(写面堂)に持ち込み、住職に封印を依頼したと記録している。住職がどのような手段で封印を行ったかについての詳細は日記に記されていない。
日記にはこれ以降、面に関する記述は現れない。

記録方が写面堂の跡地を調査した時点で、堂はすでに焼失しており、面の所在は確認できなかった。焼失の時期および原因は不明である。
本禍象は対象物の回収に至っておらず、「所在不明(未解決)」とステータスが定義された。



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