■ アーカイブ記録:禍象#009『這い木』
(※本ファイルは、寛文年間の禍象記録方による調査報告書を現代語に翻訳・編纂した記録である)
【起源分類】 起源未特定
【性質分類】 寄生型
【発見地】 日本国 S県(島根県)
深根谷
【発生時期】 寛文年間(1660年代)
【概要】
本記録は、特定の倒木の根系が人間の体内に侵入し、宿主の生体組織を植物組織へ緩慢に置換していく寄生現象に関する報告である。
通称
「這い木」。S県山間部の深根谷に自生していた樹齢不明の巨木が台風で倒壊した後、その根元付近で睡眠をとった者の体内に、倒木の根が皮膚の微細な傷口から侵入する。根は宿主の血管に沿って成長し、数ヶ月をかけて生体組織を樹皮・木質・枝葉へと不可逆的に置換する。
変容の速度は極めて緩慢であり、初期段階で痛みや自覚症状はほぼ発生しない。
【発見の経緯】
深根谷は古くから良質な炭の産地として知られ、谷の奥には炭焼きの小屋が数軒点在していた。
寛文年間の台風で谷の中腹に自生していた巨木が根元から倒壊した。巨木は樹種の同定ができず、周辺に同種の樹木は確認されていない。倒壊後も枯死の兆候を見せず、倒れたまま根から養分を吸い上げ続けていたと記録されている。
炭焼きの職人たちは谷の中で夜を明かすことが常であり、倒木の根元は雨風を凌ぐ仮眠場所として利用されていた。
発覚の端緒は、深根谷の炭を買い付けに来た商人が、炭焼き小屋の主人の腕に「木の皮のようなもの」が生えているのを目撃し、藩の役人に報告したことによる。役人は原因を特定できず、『
禍象記録方』に対応が委ねられた。
【被害の詳細】
記録方が現地調査を実施した結果、被害者は炭焼き三名であることが確認された。いずれも倒木の根元で仮眠をとる習慣があった者である。三名の進行段階はそれぞれ異なっていた。
被害者一(推定:侵入から四ヶ月経過)
両足の踝から下が樹皮状の硬い組織に覆われていた。足指は癒合し、先端から細い根が数本伸びて地面に接触していた。歩行は可能であるが、裸足で土の上に立つと「足が土に吸い付く」と訴えた。本人は「秋口から足の裏が固くなった。痛みはない」と証言した。
被害者二(推定:侵入から七ヶ月経過)
両腕および胴体の皮膚の約半分が樹皮に置換されていた。右手の指先から短い枝が三本伸びており、先端には小さな葉が展開していた。肘および膝の関節が木質化により可動域を失い、歩行と腕の屈伸が困難な状態にあった。食事は可能であったが、「飯を食うより水を飲むと腹が落ち着く」と証言している。
被害者三(推定:侵入から十ヶ月以上経過)
記録方の到着時点で、該当者は炭焼き小屋の傍に直立した状態で発見された。下半身は完全に木質化しており、両足から太い根が地中に伸びて自重を支えていた。上半身は胸部まで樹皮に覆われ、両腕は枝状に変形し、複数箇所から葉が生えていた。
顔面の大部分は人間の状態を保っていたが、口腔内から細い枝が一本伸び出しており、発話は不可能であった。目は開いており、記録方の隠密が近づいた際に視線の移動が確認されている。意識が残存しているかどうかについて、当時の調査では判断に至っていない。
【倒木の調査】
記録方は倒木の根系を調査した。倒木の根は通常の樹木と異なり、地中で水平方向に広範囲に伸びており、調査範囲内で確認された根の総延長は百間(約180メートル)を超えた。根の末端は髪の毛よりも細い繊維状になっており、土壌の表面直下を網目状に覆っていた。
この繊維状の根が、仮眠中の人間の皮膚に存在する微細な傷口から体内に侵入したと推測される。侵入後の根は人間の血管壁に密着して成長し、血流に沿って全身に拡散する。
倒木の幹を斧で切断したところ、断面から赤黒い液体が流出した。この液体を採取し検分した結果、人間の血液との類似性が認められている。
【最終処置】
記録方は以下の処置を実施した。
・被害者一および二については、体内の根の除去を試みた。しかし根は血管壁と完全に癒合しており、引き抜くと血管の破裂を伴うため、除去は断念された。
・被害者三は自力での移動が不可能であり、変容の進行が不可逆と判断された。
・倒木に対して大量の重油を散布し、根系を含めて焼却処分を実施した。焼却には三日を要した。
・三名の被害者は、本人の同意を得た上で谷の奥に隔離した。その後の経過は記録に残されていない。
藩に対しては「山中の毒木に触れたことによる奇病」と報告し、深根谷への立入を禁じた。
事後、周辺地域で類似の事象は確認されていない。本禍象は「焼却完了」とステータスが定義された。
*