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Case02 午後二時

供託金は三百万円。それは「誰でも立候補できる」という建前に添えられた、現実的な拒絶装置だった。
「数字だけ見れば、無理ではありません」
幣呂幣呂彦ぴろぴろひこは、机の上に並べた表を指で叩いた。資金、必要署名数、選挙区人口、前回投票率。すべてが淡々と整理されている。
「問題は、露出です。名前が弱い。いや、正確には“強すぎる”」
「強すぎる?」
「一度聞いたら忘れない。でも、笑われる。 笑われる名前は、支持に転びません。少なくとも最初は」
埴輪武人はにわたけひとは黙って聞いていた。怒りも反論もなかった。事実だからだ。
「だから正面突破はしない」
幣呂は言った。
「大規模集会はやらない。ポスターも貼らない。 街宣は、駅前じゃなく、役所の前です」
「役所?」
「意思決定が“行われた後”に、人が集まる場所」
埴輪は、初めて幣呂の方を見た。
翌週。平日の午後二時。市役所前は静かだった。
昼休みを終えた職員、手続き待ちの市民、暇を持て余した高齢者。選挙とは最も縁遠い時間帯。
埴輪武人は、マイクを握った。
「こんにちは。衆議院選挙に立候補予定の、埴輪武人はにわたけひとです」
数人が振り向いた。一人が笑った。それで終わるはずだった。
「今日は、お願いに来たんじゃありません」
足が止まる。
「決まったことが、どこで決まったのか。 それを知ってもらいに来ました」
幣呂は、少し離れた場所で腕を組んでいた。この演説は、想定通りだ。
「予算。再開発。条例。 ここに来る頃には、もう決まっています。 議会で決まる前に。選挙で選ばれる前に」
誰かが言った。
「じゃあ、議員なんて意味ないだろ」
埴輪は、間を置いた。
「だから、意味を取り戻しに来ました」
その言葉は、拍手を生まなかった。だが、誰も笑わなかった。
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