透明な教室
教室は、いつも騒がしかった。
笑い声、椅子を引く音、黒板を叩くチョークの音。
なのに、その中に私はいなかった。
そこに座っているのに、見えていない。
声を出しても、届かない。
私は、透明だった。
いじめは、最初は小さかった。
机に落書きをされる。
体操服がなくなる。
「気のせいじゃない?」と、笑われる。
誰かに悪意を向けられるたび、私は自分を責めた。
――私が悪いからだ。
――私が、ちゃんとしていないからだ。
先生は、見て見ぬふりをした。
正確には、「見えていなかった」のだと思う。
問題が起きると面倒だから。静かにしている私より、声の大きい誰かの方が、現実だった。
「琴瀬ってさ、存在薄くない?」
その一言で、教室が笑った。
私も、つられて口角を上げた。
笑えば、怒られない。
笑えば、これ以上、何も起きない。
れんは、少し離れた席にいた。
目が合うと、困ったように眉を下げる。
でも、何も言わない。
私は、そのことを責められなかった。
れんが声を上げたら、次はれんが狙われる。
それが分かっていたから。
それでも、胸の奥が、少しだけ痛んだ。
放課後、教室に一人残って、机を拭いた。
落書きは、こすれば消える。
でも、心についた汚れは、どうすれば消えるんだろう。
「……穂花」
振り向くと、れんが立っていた。
誰もいない教室で、私の名前を呼んでくれた。
「大丈夫?」
その一言で、泣きそうになった。
大丈夫じゃない。
でも、そう言ったら壊れてしまいそうで。
「うん」
私は、嘘をついた。
それが、私の生き方だった。
れんは、少し黙ってから、言った。
「一緒に帰ろう」
それだけで、今日は生き延びられる気がした。
夕焼けの廊下を歩きながら、私は思った。
完全に一人だったら、きっともう立てなかった。
教室では透明でも、
れんの隣では、私は確かに存在していた。
それが、どれほど救いだったか。
同時に、どれほど残酷だったか。
だって私は、
その人を、失いたくないと思ってしまったから。
――これは、透明な教室で、
私が「孤独」を覚えた日の思い出。