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禍象#001『ねじれた水』


■ アーカイブ記録:禍象かしょう#001『ねじれた水』
(※本ファイルは、江戸時代後期の古文書『雨背村水螺旋ノ事』を現代語訳し、電子アーカイブ化した記録である)


【起源分類】 残滓種
【性質分類】 環境干渉型
【発見地】 日本国 N県 雨背(あませ)村
【発生時期】 天保年間(1830年代)




【概要】
本記録は、流体が自発的に巨視的な螺旋構造を維持して流動する異常現象に関する報告である。
通称「ねじれた水」。N県山間部の廃村「雨背村」の共同井戸から湧出が確認された。水面は常時反時計回りの渦を形成し、重力に逆らって物体表面を這い上がる特性を持つ。化学組成は通常の水(H2O)と同一であり、物理的挙動にのみ異常性が認められる。




【発見の経緯】
発見時期は天保の大飢饉(1833年〜)と符合する。
幕府の巡検使・郷田平八郎ごうだへいはちろうが、一揆の兆候および異常な雨乞い神事の調査名目で雨背村に入村した。事後の調査から推測される状況として、飢餓状態にあった村民が、村内で禁忌とされていた最奥の廃井戸を開封したと見られる。村民は湧出する流体を「龍の涎りゅうのよだれ」と呼称し、集団で摂取していた形跡が確認されている。

郷田の消息が途絶えた後、当機構の前身組織『禍象記録方かしょうきろくかた』が隠密を派遣した。無人となった同村の井戸付近で郷田の日記が回収された。
以下は回収された日記の現代語訳抜粋である。


天保X年 九月十二日
村内の様子が異常である。餓死者は確認されないが、村民の挙動に明確な異常性が認められる。全員の焦点が定まらず、常に身体を揺すっている。観察を続けたところ、頭部および四肢が微かに左方向へ痙攣していることが確認できた。
廃れた社殿の裏手で、村民が水を汲んでいる井戸を発見した。桶で汲み上げたところ、水面が常に渦を巻いている。風の影響ではなく、水自体が独自の流動性を持っている。

九月十三日
一晩の経過観察を実施した。桶の水は渦を巻き続けている。回転方向は常に反時計回りである。
指先を水面に接触させたところ、水が指に絡みつき、左巻きの螺旋を描きながら皮膚の表面を数ミリほど這い上がった。指を引き抜くと、水は粘性を示して千切れた。

九月十四日
昨日より耳の奥で断続的な耳鳴りがする。
村民の異常行動はこの水の摂取によるものと推測される。本日、庄屋の死亡を確認した。遺体は骨格ごと左方向に捻じ切られた状態であった。
桶の水を注視し続けると、視界全体が左方向へねじれる感覚障害が発生する。白湯を摂取しても、喉を何かが渦を巻いて通過する錯覚を覚える。
検証のため本流体を竹筒に採取し持ち帰る。


郷田の遺体は現在に至るまで発見されていない。
回収された竹筒は内側から強い圧力で捻じ切られ、縦に破裂していた。内部は完全に乾燥しており、水分の残留は確認されなかった。




【検証結果】
隠密の報告によれば、村民は全員失踪し、消息は不明である。井戸周辺の泥土には大型の「左巻きの渦」状の痕跡が多数残されていた。報告書には「巨大な左巻きの蝸牛あるいは大蛇が這い回った跡に類似する」と記載されている。

記録方が井戸から採取した微量のサンプルに対する検証結果は以下の通りである。

1. 流動性の異常
傾斜面を流下する際、直線ではなく反時計回りの螺旋を描いて流れる。流速は通常の水と比較して遅延する。
2. 気化の異常
加熱により気化させた場合、水蒸気は拡散せず、竜巻状の螺旋を描いて垂直に上昇する。
3. 凍結の異常
氷点下で凍結させた場合、六角形の氷晶は形成されず、捻じれた錐状の螺旋構造を形成する。

検証中に気化した水蒸気を誤って吸引した同心の症例報告が残されている。
当該同心は吸引直後、「嚥下時に強い抵抗感があるが、腹部の緊張が解ける感覚がある」と証言した。三日後に「耳の奥で渦を巻く音が聞こえる」との聴覚異常を訴え、重度の不眠を発症した。七日後に平衡感覚を完全に喪失し、直進を試みても常に左方向へ円を描いて歩行するようになった。障害物への衝突が頻発し、視覚の歪みおよび幻覚症状を呈した後、自らを座敷牢に拘束するよう懇願したと記録されている。




【最終処置】
本流体が外部の河川・地下水脈へ流出した場合、周辺地域に生体異常の連鎖を引き起こすと判断された。
記録方は雨背村の井戸に対し、数トンの粗塩と土砂による埋め立てを実施した。上部には特殊な梵字と呪符を刻んだ「要石かなめいし」を設置している。
(※当時の作業記録には「投入した土砂が左巻きに渦を巻いて沈降するため、作業完了までに数日を要した」との記述がある)

事後の監視において、同村周辺での本流体の湧出は確認されていない。
発生源は遮断されたものと認定され、「封じ込め完了」とステータスが定義された。



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