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禍象#002『反響する肉腫』

第3話 / 全12話 · 2,722字 · 約6分

■ アーカイブ記録:禍象かしょう#002『反響する肉腫』
(※本ファイルは、明治初期における『禍象記録方』の事後調査報告書を現代語に翻訳・編纂した記録である)


【起源分類】 集積種
【性質分類】 寄生型/精神干渉型
【発見地】 旧会津藩領内(現在の福島県) 鳴沢寺跡(当時:臨時野戦病院)
【発生時期】 慶応4年(1868年)




【概要】
本記録は、人間の開放性創傷部に寄生し、宿主の中枢神経に干渉して「対象が最も渇望する音声」を再生する自律型異常肉腫に関する調査記録である。
通称「反響する肉腫」。戊辰戦争における会津戦争の最中、臨時野戦病院として使用されていた寺院で発生が確認された。
当該肉腫は寄生後、宿主の呼吸器官および声帯を物理的に置換・再構築し、表面に形成した空洞部を共鳴器として使用する。模倣対象は「故郷の家族」「戦死した戦友」など、宿主が精神的に最も依存する対象の声に限定される。宿主は肉腫の肥大化に伴う栄養失調と脳の破壊によって死亡するが、死亡後も肉腫は活動を継続し、音声の再生を続ける。




【発生環境の背景】
発生地となった臨時野戦病院は、旧会津藩領の山間部に位置する中規模の寺院を接収したものであった。
当時の会津戦線は新政府軍の火力の前に崩壊状態にあり、当該寺院には収容能力を超過する数百名の負傷兵が運び込まれていた。医薬品・麻酔薬・清潔な包帯は枯渇し、軍医および衛生兵も不足していた。
堂内では壊死組織の増殖、非麻酔下での四肢切断、死体の滞留が恒常的に発生しており、高密度の死傷者と精神的圧迫が密閉空間に集積した状態であったと推測される。この環境条件が本禍象の発生要因に該当した可能性がある。




【第一次調査および肉腫の検証】
事態の発覚は、同寺院への物資搬送任務に就いていた新政府軍の小隊が、周辺の山林から異常な音響(「数千人規模の合唱に類似」と報告)を観測したことに端を発する。
報告を受けた『禍象記録方かしょうきろくかた』の隠密部隊が現場に到達した時点で、寺院の敷地内に生存者は確認されなかった。
現場検証および回収された軍医の記録(※番外編『野戦病院軍医の遺書』参照)の解析から、肉腫の進行プロセスは以下の4段階に分類された。

第1段階(創傷部への寄生と精神の解析)
肉腫は傷兵の開放された創傷部に付着し、毛細血管と結合する。結合後、宿主の神経系を通じて脳に干渉し、大脳辺縁系から「記憶中で最も情動反応の強い音声データ」を抽出・解析する。この過程で宿主は強い幻聴を覚える。

第2段階(共鳴器官の形成と音声の再生)
寄生から数日後、肉腫は宿主の栄養を吸収して握り拳大に肥大化し、表面に声門に類似した裂け目を複数形成する。この段階から、解析したデータに基づいて音声の再生が開始される。声色・抑揚・息遣いまで含め、模倣精度は音響学的にほぼ完全であったと推測される。
肉腫に寄生された傷兵は、この音声に対して強い精神的依存を示し、切除を暴力的に拒否するようになる。

第3段階(肉体の置換)
宿主の精神が肉腫の音声に完全に依存した段階で、宿主は食事・睡眠を放棄する。
肉腫は急速に増殖し、気管・食道・頸動脈を同化した後、頭部構造を内側から破壊しながら、首から上に大型の共鳴器官を形成する。この時点で宿主の脳髄は消化されており、人間としての意識は存在しない。肉腫は宿主の死亡直前まで再生していた音声のループを継続する。

第4段階(不協和音の発生)
寺院内に残されていた数十体の遺体は、すべてこの段階に移行していた。
宿主の脳(記録媒体)が消化された結果、肉腫の音声は原型を失い、複数の人間の叫び声、機械的な摩擦音、識別不能な重低音へと変質していた。数十体の肉腫がこれを一斉に再生することで、堂内の音圧は推定120デシベルを超過する異常音響空間となっていた。
この音波は人間の三半規管と聴覚神経に直接作用し、深刻な精神障害を引き起こす。調査を試みた記録方の隠密数名が至近距離で被曝し、自身の鼓膜を小刀で突き破る自傷行為に至ったことが報告されている。




【最終処置】
異常音波が山を越えて周辺の村落や軍に到達した場合、広域的な精神汚染を引き起こすと判断された。
記録方はこれ以上の内部調査を断念し、寺院に対する焼却処分を決定した。

部隊は音声の聴取を防止するため耳を蜜蝋で塞ぎ、寺院を包囲する形で展開した。火矢・焙烙玉および重油を使用し、建造物ごと焼却を実施した。
炎上中の堂内からは、肉が燃焼する音に混じって大人数の叫び声に類似した音響が夜通し観測されたと記録されている。

鎮火後、灰燼に帰した跡地に粗塩と硫黄を散布した。地脈を通じた音波の残留・伝播を防止するため、地下に向けて呪符を刻んだ鉄杭を数十本打ち込み、物理的な封鎖を完了した。
事後、全国の野戦病院において同様の肉腫の発生は確認されていない。
本禍象は「焼却完了」とステータスが定義された。



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