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禍象#003『影を剥ぐ炭』

第5話 / 全12話 · 2,313字 · 約5分

■ アーカイブ記録:禍象かしょう#003『影を剥ぐ炭』
(※本ファイルは、明治後期の『禍象記録会』による事後処理調書を現代語に翻訳・編纂した記録である)


【起源分類】 残滓種
【性質分類】 環境干渉型
【発見地】 日本国 H県(北海道) 蔭森炭鉱(事象発生後に落盤により完全埋立て)
【発生時期】 明治30年代後半(1900年代初頭)




【概要】
本記録は、高純度の石炭に酷似した外観を持ちながら光学的・物理的な異常特性を示す未知の黒色鉱物、およびそれが引き起こす「人間の影の剥離・自律化現象」に関する調査記録である。
通称「影を剥ぐ炭」。日露戦争終結直後、エネルギー需要の増大に応じて限界深度を超えた採掘を行っていた北海道の蔭森炭鉱で発見された。
当該鉱物は光源の存在する環境下では通常の石炭と区別がつかないが、「完全な暗闇」において活性化する。活性化した鉱物は周囲の空間から光学的概念としての「影」を物理的に吸収・剥離させ、その影を自律的な三次元の不定形実体として使役する。影を剥離された人間は、光(太陽光のみならず蝋燭の光を含む)を浴びた瞬間に肉体が急激に発火し、数秒で全身が炭化して死亡する。




【発見の経緯】
事象の発生時期は、日露戦争後の近代化に伴い国内の石炭需要が逼迫していた時期と符合する。
現場監督の業務日誌によれば、地下数百メートルの「第四坑道・最深部」において巨大な円筒形の空洞が発見された。空洞の内壁には「何らかの巨大な生物が左巻きに這い回って削り取ったような螺旋状の溝」が残されており、その溝の隙間から未知の黒色鉱石群が大量に露出していた。

経営陣はこの鉱石を高品質の無煙炭と誤認し、大規模な採掘を指示した。




【事象の発生と被害拡大】
当機構の前身組織『禍象記録会かしょうきろくかい』が事態を察知したのは、当該炭鉱から「原因不明の坑内火災により数百名が焼死した」との報告が警察当局に上がった直後である。
記録会の調査部隊が現地に潜入した結果、この「火災」は通常の粉塵爆発ではなく、影を剥離された炭鉱夫が地上に到達した際に太陽光を浴びて人体発火を起こした結果であることが判明した。

生存した少数の炭鉱夫の証言および記録会の現場検証から推測される事象の全容は以下の通りである。

1. 異常鉱物の活性化
異常鉱物は坑道内のカンテラ程度の光量下では反応を示さなかった。しかし、一名の炭鉱夫がカンテラの火を落とし、第四坑道最深部が一時的に完全な暗闇に包まれた。この光の消失が鉱物の活性化条件を満たしたと推測される。

2. 影の物理的剥離と自律化
暗闇の中で活性化した鉱物は、周囲の空間から「影」を物理的に吸い上げた。
生存者の証言によれば、「カンテラを点け直した瞬間、自身の影が消えていた」とのことである。剥離した影は黒い泥状の不定形実体に変化し、自律的に移動して他の炭鉱夫に接触し、次々と影を剥離していったと記録されている。

3. 光による人体発火
影を剥離された炭鉱夫たちは異常実体群から逃れるべく地上を目指した。
しかし、「影を持たない肉体」は光子の反射・吸収に関する物理法則から逸脱した状態に陥っており、地上の太陽光または坑道中層の照明光を浴びた瞬間に細胞レベルでのエネルギー過多を引き起こし、発火・炭化した。




【記録会の調査と損害】
記録会の隠密部隊が遮光装備(当時は原始的な遮光布と手探りによる移動)を用いて第四坑道への突入を試みた。
坑道中層の時点で、自律化した数百体の不定形実体が壁面および天井を覆い尽くしている状況が確認された。実体は熱源および音を感知して対象に接触する性質を示し、突入部隊の半数が影を剥離された。剥離された隠密は撤退中に外部からの月光に被曝し、人体発火を起こして死亡した。

これ以上の内部調査および異常鉱物の回収は不可能と判断された。




【最終処置】
異常鉱物および自律化した実体群が地表に漏出した場合、広域的な光学的災害を引き起こすと判断された。
記録会は現地の警察および軍部の一部と結託し、「大規模な有毒ガス発生」を流布して周辺住民を強制退去させた。坑道の入り口および空気穴すべてにダイナマイトを敷設し、計画的な爆破を実行した。

爆破により山全体で落盤と地盤沈下が発生し、該当坑道は土砂によって完全に埋め立てられた。
事後、周辺地域における異常現象の報告は途絶えている。本禍象は「封鎖完了」とステータスが定義された。



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