■ アーカイブ記録:禍象#005『死を転換する千人針』
(※本ファイルは、大日本帝国陸軍・第九研究所(登戸研究所)特務班が作成した極秘実験レポートを、当機構が電子アーカイブ化した記録である。当時の軍事用語および非人道的な記述がそのまま保持されている)
【起源分類】 残滓種(オリジナル)/人為種(量産型)
【性質分類】 概念型
【発見地】 満州国およびモンゴル人民共和国 国境地帯(ハルハ河周辺)
【発生時期】 昭和14年(1939年)
【概要】
本記録は、特定の異常な結び目(左巻きのフラクタル構造)が縫い込まれた木綿製の布帯に関する兵器化実験および事後処理の報告書である。
通称
「千人針」。着用者に対するあらゆる物理的損壊の命中確率と影響を完全にゼロに歪曲する特性を持つ。ただし、着用者が回避した運動エネルギーおよび「死という事象」は消滅せず、着用者の半径50メートル以内に存在する
「着用者と最も精神的結びつきの強い人間」へ転嫁される。
着用者は絶対的な不死性を獲得するが、所属部隊および周囲の味方が、物理法則を逸脱した態様で死亡する。
【発見の経緯】
本禍象が帝国陸軍の管理下に置かれたのは、昭和14年(1939年)のノモンハン事件末期である。
ハルハ河東岸に展開していた歩兵第〇〇連隊の某小隊がソ連軍の集中砲火を受け、全滅と報告されていた。しかし数日後、陣地のクレーターの中から加藤二等兵が無傷の状態で生還した。肉片すら残らない破壊を受けた陣地において、衣服に泥の跳ねすら確認されなかった。
加藤二等兵が生還時に身に着けていた血塗れの「千人針」がオリジナルである。
関東軍情報部が加藤二等兵を拘束し、第九研究所(登戸研究所)特務特異事象研究班へ移送した。絶対不死の突撃部隊の編成を目的とした兵器化実験が開始された。
【第九研究所による兵器化実験】
以下は登戸研究所の地下実験施設で実施された検証記録の抜粋である。
■ 検証実験一:弾道歪曲の確認
対象: 異常千人針を着用した死刑囚A。
手順: 10メートル前方から対象Aの頭部に向けて九九式小銃による射撃を実施。
結果: 弾丸は対象Aの額から約30センチの空中で左巻きの螺旋軌道を描いて急激に方向を変え、後方のコンクリート壁に着弾した。対象Aの皮膚に接触は確認されなかった。
■ 検証実験二:転嫁条件の特定
対象: 異常千人針を着用した死刑囚Aと、Aの同郷の幼馴染である死刑囚B。
手順: BをAから30メートル離れた防弾ガラスの別室に拘束。Aに対して機関銃による連続掃射を実施。
結果: Aに向けた数百発の弾丸はすべてAの直前で軌道を変え、四方に飛散した。Aは無傷。同時に、別室のBの頭部・胸部・腹部が内側から次々と破裂し、即死した。防弾ガラスに外部からの貫通痕は認められなかった。
考察: 本物品は弾丸を弾くのではなく、着用者が受けるはずだった物理的破壊を空間を跳躍させて「着用者と精神的に最も近い対象」の肉体へ転送している。
【暴走と最終処置】
特務班は千人針の「結び目(左巻きのフラクタル構造)」を解析し、他の軍服や鉄帽に複写・量産する計画を推進した。
昭和〇〇年、量産を試みた模造千人針の一つが軍医長の白衣に接触・同化した。軍医長は実験中の爆発事故に巻き込まれた際に本禍象の能力を無意識に発動させ、回避した爆発エネルギーが研究所内の職員へ連鎖的に転嫁された。地下施設の職員百十数名が次々と肉体を破裂させて死亡し、軍医長のみが生存する結果となった。
兵器化は不可能かつ自滅的であると判断した陸軍上層部および禍象記録会の残存勢力は、登戸研究所の該当地下区画を封鎖した。焼夷弾を投下し、千人針のオリジナルおよび量産型すべてを軍医長の遺体ごと焼却・隠滅した。
本禍象は「焼却完了」とステータスが定義された。
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