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第2話:黒き獣と、古の輝き

第1話 / 全2話 · 1,990字 · 約4分

「常闇の軍勢が、山を越えてくるぞ――!!」

衛兵の絶叫が引き金となり、平穏だった村は一瞬にして地獄の縮図へと変貌した。
悲鳴、泣き声、逃げ惑う人々の足音。迫り来る闇に怯えるように、冷たい突風が吹き荒れ、家々の松明を吹き消していく。
「アベル! ぼうっとするな、奥の武器庫から鉄剣と盾を持ってこい!」
鍛冶場の奥から飛び出してきたのは、アベルの育ての親であり、親方であるガザルだった。大柄な体に、白髪交じりの髭。かつて国軍の鍛冶師だったという男の目は、恐怖ではなく、冷徹な戦士の光を宿している。
「親方! あれは、本当におとぎ話の……」
「おとぎ話が本物だったんだよ! ぐずぐずするな、防壁が破られるぞ!」
その言葉と同時に、村の入り口にある強固な丸太の防壁が、凄まじい衝撃音とともに内側へと弾け飛んだ。
砂煙の向こうから現れたのは、およそこの世の生物とは思えない「異形」だった。
狼のような体躯でありながら、その全身はどす黒い霧のような毛並みに覆われ、目は血のように赤く光っている。口からは不浄な紫の煙を吐き出し、鋭い牙を剥き出しにしていた。
「ガルルルル……」
常闇の魔獣。神話に描かれていた、魔王の眷属そのものだった。
魔獣は一瞬で距離を詰め、逃げ遅れた村人に飛びかかろうとする。
「させるかあっ!」
ガザル親方が、大人が三人掛かりでやっと持ち上げるような巨大な大槌(ハンマー)を振るい、魔獣の脳天を叩き割った。凄まじい一撃。魔獣は耳を聾する悲鳴を上げ、黒い霧となって霧散する。
「アベル、村人を裏の山道へ誘導しろ! 私はここで食い止める!」
「でも、親方一人じゃ――」
「若者が死んで、俺のような老いぼれが生き残ってどうする! 行け!」
ガザルはアベルを突き飛ばし、次々と防壁の割れ目から侵入してくる魔獣の群れへと立ち向かっていった。
「くそっ……!」
アベルは悔しさに歯を食いしばりながら、手にした鉄剣を握り直し、逃げ惑う村人たちを誘導するために走り出した。子供を抱えた母親、腰を抜かした老人。彼らを先導し、村の裏手にある唯一の退路、山道へと走る。
しかし、魔獣の足は人間のそれよりも遥かに速かった。
「グルァッ!」
背後から風を切る音がした。振り返ると、一匹の魔獣が鋭い爪を振り上げ、アベルのすぐ後ろを走っていた少女へ向かって跳躍していた。
「しまっ――」
体が勝手に動いていた。
アベルは少女を突き飛ばし、自らの鉄剣を身構える。
ガキィン! と重い衝撃がアベルの腕を襲った。鍛冶仕事で鍛えた腕でなんとか爪を受け止めたものの、魔獣の圧倒的な怪力に押され、鉄剣ごと地面に叩きつけられる。
「がはっ……!」
肺の空気が押し出され、視界が火花を散らす。
目の前には、ボタボタと不浄なよだれを垂らす魔獣の顎(あぎと)。死の恐怖が、アベルの全身を支配しようとした、その時だった。
アベルの胸元が、突如として眩い「琥珀色の光」を放った。
それは、アベルが赤ん坊の頃、拾われた時からずっと首に下げていた、出所のわからない安物のペンダントだった。ただのガラス玉だと思っていたそれが、太陽のような温かく、そして力強い光を放ち、魔獣を照らし出す。
「ギャウンっ!?」
光を浴びた魔獣が、まるで炎に焼かれたかのように激しくのたうち回り、アベルから飛び退いた。
(なんだ……? この光は……)
驚くアベルの手の中で、握りしめていたはずの「しがない鉄剣」に変異が起きていた。
ペンダントから溢れ出た琥珀色の光が、錆びかけた鉄の刃に吸い込まれていく。瞬く間に、鉄剣は黄金色のまばゆいオーラを纏う「光の刃」へと姿を変えた。
その刃から伝わってくるのは、圧倒的な「力」と、どこか懐かしい温もり。
「ガルルゥ……」
魔獣は光を恐れながらも、本能的な敵意を剥き出しにして、再びアベルへと飛びかかってくる。
だが、今の単なる見習い鍛冶屋ではない。その体には、何百年も眠っていた「何か」が目覚めていた。
「おおおおおっ!」
アベルは無我夢中で、光の剣を横一文字に振り抜いた。
鋭い光の軌跡が夜闇を切り裂く。剣先は魔獣の胴体を正確に捉え、今度は霧を残すことすら許さず、その存在を完全に消滅させた。
静寂が戻る。
光の剣は、役目を終えたかのように元の古びた鉄剣へと戻り、ペンダントの輝きも失われた。
「いまの、は……」
呆然と自分の手を見つめるアベル。
しかし、余韻に浸る時間はなかった。遠く村の中央から、ガザル親方の激しい怒号と、それを圧倒するほどの巨大な地鳴りが響いてきた。
世界は変わってしまった。おとぎ話は現実となり、アベル自身の出生の秘密が、この世界の運命と繋がっていることを、彼はまだ知らない。
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